「カリンちゃん」


カリンちゃんはクマのぬいぐるみです。
持ち主は花梨ちゃんという11歳の女の子です。
花梨ちゃんの家は、花梨ちゃんにお父さん、
お母さん、お祖母ちゃんの4人暮らしでした。
ペットはいません。
花梨ちゃんのオモチャは、
カリンちゃんしかありませんでした。
けれども花梨ちゃんは、
カリンちゃんと家にある日用品で
十分に一人遊びができました。
テレビもあったので退屈ではありません。


「スマトラ沖で起きた地震は―――」


最近、花梨ちゃんはこの事件が大好きらしく、
熱心にテレビに見入っています。
カリンちゃんも必ず隣で見ます。
お父さんは朝から夜まで仕事です。
お母さんはお昼から夕方までおでかけです。
おばあちゃんは、だいぶ前から
2階の部屋で寝たきりでした。なので花梨ちゃんは、
自由にテレビをみたりお菓子が食べれます。


「死者は10万人以上にのぼり――」


毎日毎日花梨ちゃんはこのニュースをチェックします。
チェックし終わると、カリンちゃんと一緒に
おままごとをしたり、お話をしたりします。


「10万人ってどのくらいなのか、
 カリンちゃん知ってる?」
――ううん。わからない。――
「学校は200人ぐらいなんだって。
 だから、学校が500個いるんだよ!」
――それって、凄いことなのかもね!――
「よく、わからないよね。」
――…うん。――


花梨ちゃんはほとんど学校には行きません。
今年の夏休みからずーっといっていません。
先生が電話をしてきたり、
たずねてきたりもしますが行きませんでした。
お母さんは花梨ちゃんに
「明日は学校へ行きなさいよ。」
と毎日言いますが、言うだけでした。
お母さんはそれをお父さんにも言いません。
お父さんも何も聞いたりしません。
まして、おばあちゃんはずーっと2階にしかいません。


「死者は15万人に達する恐れがあり――」


花梨ちゃんがニュースをみるのはだいたい朝です。
その間にお父さんは仕事へとでかけていきます。
そして、お母さんがお昼の準備をしてでかけると、
テレビを見るのをやめて、カリンちゃんと遊びます。


「15万人って花梨達が住んでいる
 この町全員の人がしんじゃうんだって。」
――え?――
「目の前のおうちの人も
 学校の人もママもパパも、花梨も。」
――凄いね…それはとても怖いね。――
「一人や二人じゃなくって皆…。」
――…。――


ある日の夜、花梨ちゃんがお風呂に入っている最中に
お父さんとお母さんが話してる声がしました。
あまりにも久しぶりなので、
花梨ちゃんは慌ててお風呂から出てきて、
カリンちゃんを掴んで台所へやってきました。
すると、お父さんとお母さんがとても怖い顔で
恐ろしい怒鳴り声をあげていました。


「どっどうするんだよっ!
 このままじゃ・・どうなるかっ!!」
「知らないわよ。あんたが
 世話してやんなかったからいけないんでしょう。」
「それはお前の役目だろうが!一日中家にいるんだぞ!」
「はっ。結婚するとき、あんたが
 母さんの世話は俺がするからって言ったじゃない!」


そうやってお父さんとお母さんは、
ひたすら怒鳴りあっていました。
花梨ちゃんはそれを唖然と見つめました。
ずいぶん前にもこんな場面を見たことがありましたが、
あれ以来もう何年もたっているはずです。
しばらくしすると、二人は花梨ちゃんに気づきました。
二人は急に黙りこみ、互いに顔を見合ってから、
お母さんが花梨ちゃんの手を引いて、
花梨ちゃんを寝室へと寝かしに行きました。
けれども、花梨ちゃんは全然眠れないので、
硬く目を閉じて眠ったフリをしました。
1度お母さんが部屋から出て行くと、
次にはお父さんとお母さんは二人で
部屋へと戻ってくると眠ってしまいました。

花梨ちゃんは二人がしっかり眠るのを待ってから、
そっと起きました。カリンちゃんをしっかりと抱いて、
こっそり2階へと上がっていきます。
2階にあがると少しだけ変な匂いがしました。
けれども、そのままおばあちゃんが
寝ている部屋を息を殺して覗いてみました。
するとそこには布団が筒状に丸められ、
縛られておいてありました。
おばあちゃんの寝ている姿はありませんでした。
花梨ちゃんは、再びこっそり下におりると台所に行って
普段おままごとに使う包丁を持ち、寝室へと戻りました。


「カリンちゃん、15万人ってテレビは
 いってるけど…本当は15万ピッタリじゃなくって、
 もう少し多いんだよ。」
――そうなんだ!――
「でも、たいした数じゃないから詳しく言わないの。」
――へぇ・・・。――
「だから…だから、
 ここでおばあちゃん一人がいなくなっても、
 ママがいなくなっても、
 パパがいなくなってもたいした数じゃないよね?」


少し震えた声で花梨ちゃんはそういうと、
しばらく部屋の中をぼーっと見つめていました。
しかし、1度大きく空気を吸い込んでゆっくりと、
お母さんとお父さんが寝ている布団へと歩みだしました。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ、きっとあっというま…」


次の日の朝、花梨ちゃんはいつものようにテレビをつけ
その前にカリンちゃんと一緒に並んで座って
そう必死につぶやいていました。
震える手は汚く汚れていて、
そのてに握り締められている包丁も同じように
茶色いような赤いような汚れで覆われていました。

「ママもっパパもすぐだったでしょ?
 だいじょっ…だいじょうぶだよね?」

カリンちゃんに言うように、花梨ちゃん自身にいうように
何度もそんなコトバを呟いた後、
花梨ちゃんは意を決したように息をとめ、
目をつぶると、お母さんとお父さんと同じように
自分の胸がドキドキと動く所に包丁を突き刺しました。




「行方不明者を死亡と判断し死者は22万人を――」




テレビは、ひたすら見続けるカリンちゃんに
向かってニュースを伝え続けています。



END