「コウモリ」


小さな家がありました。
家の隣にはその家よりも、
ちょっと背伸びをした程度の木がありました。
その家と木は、丘の上にありました。
それ以外、丘には何もありません。

小さな家には小さなおばあさんが、
隣にある木には大人びたコウモリが住んでいました。
丘の下には、町があってたくさんの人が住んでいました。
丘の上には2人以外、誰も住んでいませんでした。

おばあさんには、丘の下の町に
おばあさんの子供達が住んでいました。
それぞれが結婚をして子供を生んでいたので、
おばあさんには孫もいました。
コウモリには、色々な町や森に
コウモリの仲間達が住んでいました。
それぞれが勝手気ままに生きていたので、
コウモリには仲間があちこちにいました。

だいたい1週間に1度、おばあさんの所に子供達が
生活に必要なモノを持ってきてくれていました。
けれども、渡すとすぐに皆帰ってしまうのでした。
だいたい1週間に1度、コウモリの所に仲間達が
住むとろろを探しにやってきていました。
けれども、すぐに皆を追い返してしまうのでした。

おばあさんは、何十年も前からここに住んでいました。
何十年も前は独りじゃなかったのですが、
十何年前から独りで住んでいました。
コウモリは、何十日も前からここに住んでいました。
何十日も前から独りです、十何日前も独りでした。

ある日の夜、コウモリは窓辺でイスに座り
大きなアルバムを開いて見ていたおばあさんに
話しかけました。

「独りは淋しいかい?」

「独り?・・・そうだねぇ。うん、ちょっと淋しいねぇ。」

おばあさんは微笑んでいいました。
外は暗くて、コウモリは真っ黒です。
おまけにおばあさんは、目がよくないのです。

「丘を降りて町に行けば、子供や孫達がいるのに。」

「でもねぇ。それはできないんだよ。」

窓から家の明かりが、ほんのりと外へ溢れています。
おばあさんは目がよくありませんが、
メガネをちゃんとかけています。

「なぜだい?」

「おじいさんはこの家で人生を終えたんだよ。
 あたしもね、この家で人生を終えないとね。」

パタンとアルバムを閉じて、
おばあさんはメガネを外しました。
なんだか、しわに埋もれがかった目が
もっと埋もれてしまったようです。

「でも独りで死ぬなんて悲しいだろう?」

「おじいさんが迎えに来るから大丈夫なんだよ。」

そういって、おばあさんはゆっくりと
イスから立ち上がりました。

「それに、もう長くないしねぇ。」

「そうかい・・・。」

「それじゃあ、おやすみなさいね。」

「あぁ、おやすみ。」

そして、カーテンを閉めて部屋の明かりを消しました。
窓は閉め忘れてしまったようで、
カーテンがユラユラ小さく動いていました。

あれから1ヶ月もたたないうちに、
おばあさんはスゥーっと死んでしまいました。
窓辺で、大きなアルバムを開いたまま
コックリ・コックリっと転寝をしているうちに
眠ってしまったのでした。
そして眠ったまま起きることはなくなってしまいました。
それに1番最初に気がついたのは、
もちろんコウモリでした。開いた窓から家に入り、
開いたままのアルバムの上に着地をすると
もうそれから、ずーっとそこから動かなくなりました。

「長い間独りにさせてすまなかったね。」

「何言ってるんですか。最後の数ヶ月は一緒でしたよ。」

「おや。バレていたのかい。」

「あたりまえですとも。気が短いですねぇ。」

「おばあさんは、気が長すぎるんだよ。」

「ふふっ。そうかしらねぇ・・・。」

家の中で、2つの声が響きました。
それはおばあさんの声とコウモリの声でした。
その声は幸せそうに笑いながら、
周りの空気へと溶け込んでいきました。


END