「釣りをするひと」 |
昔のことか、つい最近のことなのか、 未来のことなのかそれはわかりません。 いつのことかはわかりませんが、こんなお話があります。 その川には、人魚姫がすんでいました。 海ではないけど、人魚姫がすんでいました。 歌声がきれいで、姿もきれいで、 心もきれいな人魚姫でした。 たとえ、一人ぼっちで川にすんでいても人魚姫でした。 また、その川には、毎日釣りをしにくる男がいました。 家は山の中にある、小さな家に住んでいました。 歌声がやさしくて、姿もやさしくて、 心もやさしい男でした。 たとえ、一人ぼっちで釣りをしていても優しい男でした。 「やぁ、人魚姫様。 いつも一人ぼっちで唄を唄っているね。」 「こんちにわ、釣り人様。 いつも一人ぼっちで釣りをしていますね。」 あるとき、男が始めて人魚姫に話しかけました。 人魚姫も始めて男と言葉を交わしました。 「さびしくないかい?」 「さびしくないわ。 釣り人様がいつも釣りをしにくるから。」 人魚姫は微笑んで言いました。 男も微笑みました。 「さびしくないの?」 「さびしくないよ。 人魚姫様がいつも唄を歌ってくれるから。」 男は微笑みながら言いました。 人魚姫は微笑んだままうなずきました。 その日以来、人魚姫と男は 毎日話をするようになりました。 時には唄を一緒にうたいました。 時には川を一緒におよぎました。 そんな日々が何日も続いて続いて続いて 一生続くんじゃないかと思われたある日、 人魚姫が姿を消しました。 男はしばらくの間、人魚姫を必死で探しました。 しかし見つかったのは1通の手紙でした。 『 釣り人様へ 突然いなくなったことをお詫びします。 けれども、私は釣り人様にはもう会えません。 私の姿は年老いてしまいました。 私の声は枯れてしまいました。 私の心はすさんでしまいました。 私の命はもうすぐ尽き果ててしまいます。 いつか再び生まれ変わった時。 釣り人様へ会いに行きます。 人魚姫より 』 男は悲しみました。けれども希望もできました。 男は再び一人ぼっちになり、毎日毎日釣りをしています。 そんな日々がずーっとずーっとずーっと続いています。 今も未来も過去にも続いています。 その川で男は変わらず釣りをし続けています。 END |